小熊英二

1968年、世界は燃えていた」などということが言われることがある。本当だろうか? 韓国から日本にきた客員教授で、「68年世代」にあたる女性は、こう言っていた。「1968年? 何もなかったわ。学生運動なら、1960年の李承晩政権打倒や、1988年の民主化運動のほうがずっと重大だった」。インドで会った「68年世代」のNGOリーダーは言った。「1968年? ベンガルで農民蜂起があったな。デリーは何もなかったよ」。 「1968年、世界は燃えていた」というとき、われわれはたいてい、西欧先進国と日本だけを思い浮かべている。アメリカ合衆国、ドイツ、イタリア、フランス、日本などでは、確かに学生運動の高揚があった。しかしほとんどの第三世界の国々にとっては、「何もなかった」。ここには、無意識の西欧中心主義があるとはいえないだろうか。